興善寺跡(飛鳥~奈良時代)

更新日:2023年03月28日

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(こうぜんじあと)

興善寺遺跡は、香具山の南側にある丘陵の裾にある、奈良時代の墓地を主体とする遺跡です。
墓は火葬墓と土壙墓(どこうぼ。穴を掘って土葬した墓)からなり、火葬墓は集石遺構(しゅうせきいこう)の前面に密集して造られています。火葬墓には、幾つかの埋葬方法がみられます。ここに2例を紹介しましょう。1つ目(火葬墓1.)は、円形の穴を掘った後に土師器(はじき)の甕を逆さに据えて棺としたもので、蓋(ふた)はありません。中に火葬された骨が入っています。2つ目(火葬墓2.)は、円形の穴を掘った後に須恵器(すえき)の短頸壺(たんけいこ)を置き、須恵器の杯蓋(つきふた)で蓋をするというものです。
火葬墓の前面に造られた集石遺構は、3メートル×2.5メートルの範囲に石が集中している遺構で、両側に排水溝(はいすいこう)と考えられる溝があります。沢山の礫(れき)に混じって新羅土器(しらぎどき)の壺(つぼ)が出土している点が注目されます。

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