人権コラム
人権コラム(51回)
ぶらぶら生きる
人権コラム(第51回)ぶらぶら生きる
人権コラム第51回目を担当する人権・地域教育課です。
先日、新聞を読んでいたらコラム欄に「森毅」さんの名前が出ていました。「はて、この名前はなんて読むんだっけ。」飄々(ひょうひょう)とした話しぶりやお顔はしっかりと浮かぶのですが、お名前の読み方が出てこない。「最近こんなことが増えてきたな。」と考えつつ「もりつよし」さんのことを思い出していました。
京都大学の教授だった森毅さんは、数学者でありながら、自由で軽妙なエッセイを数多く遺しました。私がよく覚えているのは「一等賞にならんでええ、びりにならんでええ。まあ、真ん中へんでぶらぶらしてたらええ。」という言葉です。「急げ、急げ」と後ろから何かに追いかけられているように感じていた時に息を抜く隙間をくれるような言葉でした。いまの世の中には、「何のためにやるのか」「どんな成果が出るのか」ばかりを気にしているように見えます。時間を無駄にせず、勉強や仕事でどんどん成果を出すことだけが、正しい事だとされている雰囲気があります。しかし、このように「スピードや結果」ばかりを追い求める社会は、知らず知らずのうちに私たちの心からゆとりを奪い、「人とは違う人」や「ゆっくりな人」を認められない冷たい空気をつくっている様にも感じます。「役に立つか、立たないか」というモノサシだけで人間を測ろうとするとき、そこには一人ひとりの大切な価値を傷つける「人権の危機」が隠れています。そんな息苦しい時代を生きる私たちに森さんは「ぶらぶら生きる」というヒントをくれました。
森さんの言う「ぶらぶら」とは、単なる怠惰や無責任の勧めでは決してありません。一つの目標やルールだけに縛られず、寄り道を楽しみながら、あえて「まわり道」をして生きるというしなやかで賢い知恵なのです。一つの正解に向かって一直線に突き進むのではなく、目的の無い時間をのんびり楽しむ。この「心のすきま(余白)」こそが、人間らしく生きていく為に、とても大切なものだと森さんは教えてくれているのだと思います。人権を守る事の基本は「どんな人も、ただ生きているだけで価値があり、その価値は誰にも傷つけられてはならない」という事です。何かが出来るから偉いわけでも、社会の役に立っているから生きる権利があるわけでもありません。ただ生きている、それだけで誰もが大切にされるべき存在です。でも、効率ばかりを気にする社会では、「役に立たない」と思われたものや、「みんなと違う生き方」が仲間外れにされてしまいがちです。森さんの「ぶらぶら生きる」という姿勢は、そんな「役に立つかどうか」という狭いモノサシに対する抵抗だったのだと思います。ぶらぶら散歩している途中で見かける何気ない出来事に感動がある様に、一見すると無駄に思える時間や、みんなと同じ枠にはまらない生き方にこそ人間の豊かさや個性が詰まっています。自分が目標に向かって一直線に走っている時、人は他人の遅れや寄り道に対して、「なんで早くできないの?」とイライラしてしまいがちです。反対に、自分自身がぶらぶらと歩いていれば、同じ様にぶらぶら生きている周りの人を見ても、「それもいいよね。」と認める事が出来ます。「ぶらぶら」とは、自分と相手の間にちょうどいい「心のゆとり(間)」を作る事でもあります。ガチガチのルールでお互いを縛り合うのではなく、「ちょっとくらいのズレや違いは気にしない。」という緩さこそが、偏見や差別を無くし、お互いの人権を大切にしあえる土台になるのだと思います。
誰もが「優秀な人間」や「役に立つ人」であり続けなければならない社会は、とても息苦しく、何かのきっかけですぐに壊れてしまう脆(もろ)さがあります。なぜならそこには、「一度失敗したり、立ち止まったりしたら、もう社会から見捨てられてしまうかもしれない。」という怖さがあるからです。森さんが遺してくれた「ぶらぶら生きる」というメッセージは、現代の私たちに「もっと肩の力を抜いて、まわり道を楽しんでいいんだよ。」と語りかけてくれている気がします。誰もが急ぎ足にならず、ときには立ち止まり、ぶらぶらと歩く権利がしっかりと守られる事。それこそが、本当の意味で人権が大切にされた、誰もが生きやすい優しい社会の姿ではないでしょうか。
市役所職員向けに作成したコラムです。
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更新日:2026年10月22日