役人たちの仕事ぶり
大極殿(だいごくでん)や朝堂院(ちょうどういん)のまわりには、役所が建ち並び、数千人の人々が働いていました。その中には、政治の実権(じっけん)を握るごく少数の貴族、実務を担当する大勢の下級役人、全国から集められた兵士、宮殿の修繕(しゅうぜん)工事などをおこなう人々などがいました。
役所での勤務時間は、普通日の出から4時間程度で、休日は月に5日程度と、現代と比べて短めでした。役所は床張(ゆかばり)の建物が多かったようで、座って仕事をしたようです。机の上には木簡(もっかん)や紙の書類や帳簿類、筆記用具の筆と硯(すずり)や水滴(すいてき)、木簡に書いた文字を消すための小刀などが並んでいました。
発掘調査では、落書きされた遺物が出土し、当時の役人の仕事ぶりの一端をうかがえます。しかし、仕事は真面目にしなければならないものです。年に一度の勤務評定(きんむひょうてい)と、4年か6年ごとの総合評定を受けて、成績次第で昇進することも可能でした。しかし、当時は階級社会、貴族の子は短期間で昇進するのに、下級役人は長い間かかって少ししか昇進しませんでした。
気になる給料ですが、当時は品物で支給されていましたが、これをお金に換算して年収を比較すると、右大臣は30万9070文、最も地位の低い役人は310文。右大臣と地位の低い役人では、年収に1000倍もの格差がありました。なお当時、和同開珎(わどうかいちん)の銅銭1文で米1升を買えたようです。皆さん、一度、当時の年収を計算してみてはどうですか?
役人の勤務時間
春 | 3月末から4月初め頃 午前6時50分~午前10時30分 |
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夏 | 6月末から7月初め頃 午前5時30分~午前9時30分 |
秋 | 9月末から10月初め頃 午前6時50分~午前10時30分 |
冬 | 12月末から1月初め頃 午前7時50分~午前11時20分 |

奈良文化財研究所蔵
役人の机の上(復原)
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更新日:2023年03月28日