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構成遺産の紹介

藤原宮跡

  日本で最初の宮都が飛鳥・藤原にあった6世紀末から8世紀初め、「日本」という国号、「天皇」という称号が生まれました。また、この時代わが国は東アジア文化圏を形成し、政治制度の導入や世界宗教であった仏教の受容など様々な思想・文化・技術を摂取し、自己のものとして発展させました。これらは「日本」誕生という記憶を鮮やかに映し出す護るべき資産群です。

宮都・古代都市の誕生

飛鳥時代以前、天皇の住まいである宮は天皇一代ごとに遷されたが、中国との交流により、政治機能の発展とともにその構造も天皇の私的空間に加え政治の公的空間が拡大し、飛鳥・藤原においてわが国はじめての宮都が誕生する。
宮の周辺には多くの官衙や寺院が建てられ、天皇祭祀、官営工房などの様々な施設も造られ、官人の集住する空間も設けられる。その後、律令制度の整備とともに中国都城制の影響を受け、7世紀末、大極殿など基壇の上に建つ礎石・瓦葺建物で構成される藤原宮を中央に置く宮都藤原京が造営される。
藤原京の造成は政治理念と都市づくりの思想の結実を意味し、わが国初めての本格的な都市の誕生を物語る。

特別史跡藤原宮跡

特別史跡藤原宮跡

 

名勝大和三山

名勝大和三山

 

史跡藤原京朱雀大路跡

史跡藤原京跡朱雀大路跡

史跡伝飛鳥板蓋宮跡

史跡伝飛鳥板蓋宮跡

 

史跡飛鳥稲淵宮殿跡

史跡飛鳥稲淵宮殿

   

 

宮都関連施設

飛鳥では宮を中心に多様な施設が造られた。各施設は都市計画的に整備されたものではないが、それぞれが機能を分掌し緊密にかかわることで、全体として宮都の機能を果たす宮都空間を形成した。
日本書紀には、この空間を示す用語として「京」、「京師」と記す。ここに初めて「京」という概念が生まれた。

史跡酒船石遺跡

史跡酒船石遺跡

 

史跡飛鳥水落遺跡

史跡飛鳥水落遺跡

 

史跡名勝飛鳥京跡苑池

史跡・名勝飛鳥京跡苑池

史跡飛鳥池工房遺跡

史跡飛鳥池工房遺跡

       

 

新たな宗教・思想・文化の受容

世界宗教である仏教の受容、神仙思想などの伝来は、それまでの自然崇拝や神祇信仰に加え、日本人が共有する精神的な素材として、現在日本の精神文化の基礎となった。
また多くの僧や工人の渡来によりもたらされた知識や技術などの先進文化は、歴史上希な文化的な革新をもたらし、今日の日本文化の底流を支えている。

史跡飛鳥寺跡

史跡飛鳥寺跡

 

特別史跡山田寺跡

特別史跡山田寺跡

 

史跡川原寺跡

史跡川原寺跡

史跡橘寺境内

史跡橘寺境内

 

史跡大官大寺跡

史跡大官大寺跡

 

史跡檜隈寺跡

史跡檜隈寺跡

特別史跡本薬師寺跡

特別史跡本薬師寺跡

 

史跡定林寺跡

史跡定林寺跡

 

史跡岡寺跡

史跡岡寺跡

 

古墳文化の変容と終焉

律令制の整備による国家の熟成とともに、3世紀半ばから始まる古墳文化が変容し、終焉を遂げる。
多様な形態と構造をもつ「飛鳥・藤原」の古墳群は、わが国固有の前方後円墳の消滅に始まる古墳文化の変容と終焉の過程を物語る。また、石室内壁面には極彩色の四神図、天文図、人物、十二支図などを描いた古墳(壁画古墳)の出現は、東アジアとの交流を色濃く表しており、この時代の思想や芸術の水準を表している。
キトラ古墳に描かれた天文図は現存する東アジアの天文図として最古の事例である。

特別史跡石舞台古墳

特別史跡石舞台古墳

 

史跡菖蒲池古墳

史跡菖蒲池古墳

 

特別史跡高松塚古墳

特別史跡高松塚古墳

史跡牽牛子塚古墳

史跡牽牛子塚古墳

 

特別史跡キトラ古墳

特別史跡キトラ古墳

 

史跡中尾山古墳

史跡中尾山古墳

史跡丸山古墳

史跡丸山古墳

 

史跡植山古墳

史跡植山古墳

 

史跡マルコ山古墳

史跡マルコ山古墳

史跡岩屋山古墳

史跡岩屋山古墳

       

 

資産構成について

世界遺産暫定一覧表記載資産候補提案書では、28の特別史跡・史跡・名勝が候補となりました(斜体標記資産も含まれています)。しかし、世界遺産登録をめぐる最新情勢を踏まえた分析を重ねる中で、顕著な普遍的価値(OUV)と構成資産との関係が重視され、現在のOUVの内容に見合った20の構成資産に代表させることとなりました。

現在の20資産についても、OUVの内容調整に応じて資産の増減について検討が続けられる予定です。

 

お問合せ

所属課室:魅力創造部世界遺産・文化資産活用課

橿原市八木町1-1-18

電話番号:0744-21-1114

ファックス番号:0744-24-9721