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紀寺跡

(きでらあと)

飛鳥川の右岸、天香久山の西で北西方向にのびる微高地上に立地し、都が平城京へ遷都するとともに平城京外京に移転した寺の前身と考えられています。伽藍配置は南北中軸線上に南から南門・中門・金堂・講堂が一直線に並び、塔を金堂全面東側に配すると推定され、形態的に大官大寺と共通していることから、大官大寺の前身ではないかとも考えられています。この寺は藤原京条坊では左京八条二坊全域(4町)を占めています。創建年代については不明な点が多く、出土した軒丸瓦では天智朝(7世紀第3四半期)と考えられます。しかし、寺域や伽藍配置の計画線が、藤原京の土地区画に合致していることから、天智朝に中心伽藍の造営を開始し、藤原京条坊施行のころ寺域を整備したものと考えられます。

航空写真

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