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観音寺本馬遺跡発掘調査

(かんのんじほんまいせき)

平成21(2009)年2月27日 報道発表
調査地 橿原市観音寺町地内
調査期間 平成20年7月1日~平成21年3月24日(予定)
調査面積 4.区:2,662平方メートル
調査原因 京奈和自動車道建設

現地は埋め戻されています。

地図

発掘調査地位置図

地図

調査トレンチ位置図

はじめに

今回の調査地は、京奈和自動車道御所区間の「橿原南・御所インター(仮称)」北側の水田地帯に位置します。
今年度の7月より、橿原市教育委員会が担当した約400mの区間のうち、昨年度の試掘調査の結果をうけて計4箇所(北から1.・3.・4.・5.区)で発掘調査(現在は5.区を調査中)を実施しています。

遺構の概要

4.区で見つかった主な遺構は、縄文時代後期後半の竪穴住居1棟、縄文時代晩期中葉の埋没林(根株30本)、流路1内の環状杭列、流路2内の木組遺構です。流路1・2は調査区の北側で重複しており、流路2が流路1よりも古い時期のものです。

1)環状杭列

流路1(幅6~13m・深さ2.3m)中央の底で検出した遺構です。杭列内および周辺には、流木などが溜まった状態で、上流付近の杭の一部は下流方向に斜めに傾いた状態で出土しました。
杭列は、環状(直径1.6~1.8m)に巡らせており、一部その内側にも打ち込まれていました。杭には割材と丸材があります。割材は直径10数cmの木材を縦方向に裂いて、複数に分割しています。
一方、丸材は杭に使用するのに適した直径の枝を適度な長さに切断したものです。
いずれの材ともに、小枝を丁寧に切り取っています。杭の大きさは、直径(幅)2~6cm、長さ17~80cmで、計34本(割材14本、丸材20本)出土しました。割材と丸材は硬度や色調などによりそれぞれ2種類程に分けられ、新旧関係は不明ですが、その違いは補修などによるものと考えられます。
杭の間隔は15~30cm程あり、上流部のみ間隔がやや広くなっています。杭の打ち込まれた場所は大半が河の底ですが、南側の杭の一部は立木の幹に打ち込まれていました。立木の幹の部分には、杭の抜き取り、あるいは打ち損じた痕跡が5箇所あり、なかには杭の打ち込みにより貫通した箇所もありました。

2)木組遺構

流路2(幅6~7m・深さ2.2m)中央で検出した遺構です。
木組遺構は、角材・板材(長さ0.67~1.35m・厚さ3~15cm)を横材として方形(一辺1.1×1.4m)に組み、それを丸杭(長さ0.2~0.6m、直径3cm前後)、または矢板状の木材(幅10~15cm・厚さ3~5cm)を河の床面に打ち込み保持する構造です。
東側の横材のみが3列で、木組の内側に向かって低くなる階段状に、配置されていました。また、南側の横木はありませんでしたが、杭が数本出土していることから当初は4面に横材が組まれていたと考えられます。

遺構図

遺構図

 

まとめ

流路内から出土した、木を用いた2つの構築物(環状杭列・木組遺構)は、いずれもこれまで畿内での出土例の報告は無く、貴重な成果といえます。
この他にも、埋没林や流路内から根株や倒木などの有機物が多量に見つかりました。現在鑑定中の分析結果によって、当時の集落周辺の環境復原が可能となるでしょう。また観音寺地区だけでなく、周辺の調査成果と合わせて評価すると、集落本体の様相だけでなく、森林や河川を利用した具体的な生業活動を把握することができる数少ない遺跡であるといえます。

1)環状杭列について

この遺構の性格は、検出地点が流路のほぼ中央に位置し、かつ木の根株を利用して、魚が集まり易い木の脇に設置されたものであることから、漁労活動に伴うものであると考えられます。その構造は、「魞(えり)」と呼ばれる魚介類を捕獲する定置式の漁労施設に類似しています。
杭列は、開口部と考えられる上流部で若干広い間隔で打ち込まれており、魚が進入し易い構造となっていたようです。また、環状に並ぶ杭列の内側にも杭があり渦巻状に配置することで、魚が逃げにくい工夫をしていた可能性があります。杭の間には、おそらく網または蔓状のものを組み隙間を無くし、流路の規模から判断して小魚を捕獲するためのものであったと推定されます。
縄文時代において漁労は、狩猟や採集と共に縄文人の重要な生活基盤の一つでした。これまで内陸部では、狩猟・採集が主流であると考えられてきましたが、今回の発見により、生業活動の中で漁労の占める割合が季節的な偏りが想定されるものの、比較的高い事が明らかになりました。
漁労関連の遺物として、釣針や土錘など漁具の出土例が一般的に認められるものの、実際に魚の捕獲施設となれば、河川内であるため発見例が非常に少ないのが現状です。今回の縄文時代における具体的な漁法の発見は、当時の漁労活動の実態を解明する上で貴重な成果と言えます。また、漁労技術は伝統的に受け継がれるものであり、国内の漁法の系譜を考える上でも興味深い事例です。
なお、縄文時代の魞状遺構(円形杭列)の出土例は、北海道石狩(いしかり)紅葉山(もみじやま)49号遺跡(中期末)、岩手県萪内(しだない)遺跡(縄文時代後期)、福岡県貫川(ぬきがわ)遺跡(晩期前葉)で発見例があります。他に石川県加茂(かも)遺跡(中期後半~後期)で円形杭列の出土例がありますが、堅果類の処理あるいは貯木施設として報告されています。

2)木組遺構について

周辺で出土したトチの実とドングリはいずれもアク抜きが必要な堅果類です。これらを食料とするためには、まず水に浸けて木組遺構がアク抜きの必要があります。木組遺構は木組内に水を溜め、森林で採集してきた堅果類をアク抜きするための処理施設であったと考えられます。
木組遺構の分布は主に東日本中心で、西限は岐阜県カクシクレ遺跡であり、西日本では初めての出土例となりました。

流路1・2と環状杭列・木組遺構

流路1・2と環状杭列・木組遺構

木組遺構

木組遺構

環状杭列

環状杭列

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